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プロの仕事術
営業部 森川 慎也 | 情報システム部 青柳 | 管理本部 田中
利用する方々に愛されるサービスに育てたい
営業部長 森川 慎也
(2009年10月入社)
奈良県出身
前職:法人営業
神戸大学法学部法律学科卒業
■プロフィール
大学卒業後、ネット求人広告媒体の営業として、主にIT・製造業に対して、中途採用の提案営業を7年間経験。
20名超の営業組織のマネジメントや、新規サービスの企画・販売促進にも携わる。
2009年にファーストロジック入社。
ファーストロジックを選んだ理由

自分が20代で経験できなかったことを経験したくて、ファーストロジックを選んだ。

前職での7年の間、周囲に恵まれ、マネジメントなど、色々な経験を積むことはできた。だが、上場直後に新卒で入社したため、上場のタイミングを経験することができなかった。
転職活動中に、ファーストロジックが上場を目指して事業を展開していることを知り、前職での経験を活かし、上場という達成感を自ら経験したいと思い、入社を決意。 また、ファーストロジックは、クライアントの業界は違うが、サービス内容が前職に似ていることも自分の力を生かせると感じたのも、入社の大きな理由の1つ。

1.営業先で突きつけられた言葉

2006年3月にリリースされた「不動産投資の楽待」は、森川が入社した頃には、 投資物件を取り扱う不動産会社にも認知が浸透し、投資物件の売買事業の開始や 拡大を検討する際には、大手企業から中小、創業したばかり企業でも、高い割合で「楽待」が候補に挙がり、導入されるようになっていた。
一方で、2008年3月にリリースされた『住宅の楽待』は大手競合媒体の認知度、 媒体力の強さに苦戦をしていた。 「サービス内容は面白いと思いますが、登録会員数が他の媒体と比較すると、ま だまだ少ないですね。」 『住宅の楽待』のプレゼンテーションをすると、不動産会社側から感想として突 きつけられる言葉。 商品のコンセプトは投資・住宅ともにほぼ同じ。
だが「不動産投資の楽待」の効 果性と比較をしても、『住宅の楽待』の反響数は見劣りをするものだった。

2.理想と現実のギャップ

投資物件を購入する不動産投資家は、物件を複数購入することが多い。
しかし、住宅の購入は人生の中で1物件だけの人が多い。知識・情報が少ない住 宅購入希望者にとって、専門家である不動産会社からの親身になった提案は必要 なはず。
だから、『住宅の楽待』の仕組みは社会にとって意義のあるものだ。 入社時にそう感じた森川の考えにも、少し不安がよぎっていた。

3.『住宅の楽待』を好きになってくれる人を1人でも増やしたい

そんなあるとき、社長から打診を受けた。
「住宅で物件が成約した楽待加盟店のインタビューをするのですが、森川さん、  一緒に行ってみますか?」
普段、新規営業が多い営業担当の仕事では、実際に『住宅の楽待』を利用してい る不動産会社からの感想を聞ける機会は少ない。

インタビュー終了後に雑談を兼ねて、『住宅の楽待』の印象を先方の営業の方に聞いてみた。
「『住宅の楽待』は、私にとって特別な媒体なんですよ。正直なところ、会員数は多くはないですが、1つ1つ丁寧に提案をすれば、きちんと成約につながるんです。だから、大事に使いたいと思っているんです。」
その言葉に、森川は感銘を受けた。
自社の社員以外に『住宅の楽待』のことを特別感を持って、大切に思ってくれる人がいる。
『住宅の楽待』を好きになってくれる人を1人でも増やしたい。そして、好きになってくれる人々に、もっと好きになってもらいたい。

それが、森川の当面の目標になった。

森川 慎也にとってのプロフェッショナルとは?

自分や自分の家族のためだけでなく、他の誰かのために仕事をすること。


困難を簡単に乗り越えられる魔法なんてものはない
情報システム部部長 青柳 進矢
(2007年10月入社)
宮城県出身  
前職:システムエンジニア
国立仙台電波工業高等専門学校
■プロフィール
前職において、航空システム、金融など幅広いクライアントのシステム開発に従事。開発経験は汎用系・制御系からオープン系と多岐にわたる。
上流~下流の開発プロセスを幅広くサポート。17年間にわたるエンジニアとしての経験を新しいサービス構築に活かし、情報システム部部長として活躍中。
ファーストロジックを選んだ理由

前職までは、システムの受託開発や、SEとして様々な開発プロジェクトに常駐することが多かった。
SEとして社会に出て17年目を迎えたある日、誰がどのような目的でこのシステムを作っているのかや、利用者が満足しているかどうかを知りたいと思うようになり 、自社サービスを運営している会社で開発を行える職場を探していた。
そして、営業もカスタマーサポートも含め、全て自社スタッフで新しい流通インフラを築きあげていくというファーストロジックを見つけ、入社を決意した。

1.入社直後に任された会社の命運を握るプロジェクト

青柳がはじめて責任者として関わったのが、新プロジェクトを立ち上げるという大仕事であった。

今までは外注のリーダーがメインで作っていたシステムを、入社してすぐの青柳が取り仕切るようにと社長から依頼され、「まだ右も左もわからない立場の自分が何故・・・」という戸惑いがあった。

「自分にやっていけるのか?」という不安と「自分でまったく新しいものを作りあげていくことが出来るぞ!」という期待感との狭間で、3週間ほど眠れない日々が続いたが、妻の支えもあり、これからは全て「自分のがんばり次第」という思いで一念発起した。  

2.外注スタッフにより突きつけられた現実

入社一ヶ月ほどで、そろそろプログラミングに入らないと間に合わないという状況になり、なんとか設計書を書き上げて外注スタッフに渡した。

そこで、青柳に突きつけられた言葉は、かなり厳しいものだった。

「青柳さん、本気でこのスケジュールで作るつもりですか?設計は不十分だし、あったとしてもスケジュールには到底間に合いませんよ。」

その後も青柳への厳しい指摘は続き、重い空気の中、終電ぎりぎりの時間まで打ち合わせを続けた。
自分の仕事内容を全否定されたように感じた。

3.社長からの救いの言葉

落ち込んでまた眠れない夜を過ごした翌日、外注スタッフとのやり取りを聞いた社長から翌日会議室に呼ばれた。
社長からの言葉は、落ち込んだ青柳にとって、大きな救いとなった。

「私は青柳さんに対して、全幅の信頼を置いています。形にとらわれず、青柳さんのスタイルで進めてください。」
「難しいことを考えず、まず1機能の実装から始めましょう。」

.プロジェクトの成功、そしてその先へ

社長の言葉を理解した青柳にはある心境の変化があった。
「結果を恐れず、まずやってみよう」という考え方に変わったのだ。

その後、ひたすら実装とプロジェクトマネジメントをこなし、
その姿を暖かく見守ってくれた社長や社内のメンバーの応援もあって、3月上旬にシステムは完成した。

社運をかけたプロジェクトの第一段階は、入社間もない青柳の活躍により成功したのだった。

自らがリーダーシップを取ったプロジェクトを成功に導いたことが自信につながり、これから山のように上がってくるであろう改善要望に対して立ち向かって行く心構えができた。

現状に満足せず、これからも社員全員で協力してより良いものを作っていこうと決意した。

困難を乗り越えて得られたもの

どんなに大きなプロジェクトであろうと、WBSを作り、予定通り一つ一つの小さなタスクを積み上げていけば、完成する日を迎える。

困難を簡単に乗り越えられる便利な魔法というものはなく、協力者とコミュニケーションをとり、お互いを信頼し、協力し合うことにより、プロジェクトは前進していくものであると強く感じた。


青柳 進矢にとってのプロフェッショナルとは?

困難に直面したとき、逃げることなく、客観的に現状をとらえ、冷静に判断しながら、対策を実行していける。
そして、 その困難ですら楽しんで乗り越えて行こうとする人のことである。


「お客様の役に立てた」という喜びは何物にも代えがたい!
管理本部 田中 幸亜
(2006年4月入社)
茨城県出身  
前職:システムエンジニア
お茶の水女子大学文教育学部卒業
■プロフィール
2001年 お茶の水女子大学文教育学部 人間社会科学科心理学コース卒業
2001年 株式会社ティージー情報ネットワーク(東京ガス子会社)で基幹システム構築、運用におけるプロジェクトマネジメント業務を担当。大~中規模システム開発のプロジェクトマネジメントを行う
2006年 株式会社ファーストロジック入社
ファーストロジックを選んだ理由  ~お客様の声を直に~  

社長の前職はITコンサルタントで、 私の前の職場のプロジェクトにコンサルとして来ていました。
社長とはそのとき以来の知り合いで、私が退職するときにちょうど声をかけて頂き、
「システムを利用しているお客様の声を直に聞ける」という点に大きな魅力を感じ、入社しました。

1.入社当時を思い返して  ~ベンチャー企業のスピード感~  

田中
17㎡の六本木オフィス時代

現在の会議室くらいの広さしかないマンションの一室で社長が一人で仕事をしており、 各人の袖机はなく、現在の第2会議室の机を部屋の隅に置き、壁に向かって仕事をしていました。

お客様を迎えて会議をするのに椅子が足りなくなって、 ドンキホーテに買いに行ったこともあります。
そのときのパイプ椅子は今も倉庫に保管されています。

業務内容はまだ「楽待」に特化しておらず、 様々な取引先に提案・営業に行きましたよ。

スケジュールの組み方が甘く 3日間完徹でスケジュールを完了させたことも、今では
懐かしい思い出です。 
今でこそ慣れましたが、やはり 「ベンチャー企業と安定企業の仕事のスピード感は全然違う」
と 思い知らされました。

その頃は、ビジョンを考えて社内に張り紙したり、社訓、組織図を考えたり、
大きくなったとき「この部署にはこんな人に担当してほしい」とか、
「この仕事はこの部署が担当する」とか・・・ 先のことを考えて楽しかったです。

オフィス移転後もしばらくは全部門の業務に携わっていましたが、
これは大変良い経験になりましたね。

2.一番苦労したこと  ~1日かけて全部門の業務を~

一番大変だったのは、各部門の仕事を掛け持ちで実施しなければならなかった点です。
日中は営業に行き、帰社後、問い合わせ対応を済ませたら振込業務、
夜はWEBアクセス解析を実施・・・ と丸1日かけてほぼ全部門の業務を渡り歩き、
その中で忘れてしまったり、中途半端になってしまう仕事もありフラストレーションが溜まっていました。

私が当時行っていたことも、今現在、専業で担当している方に比べると不足していた部分が
多々あると感じています。
やはり1つの業務に専念して全力投球するということは、それだけ深く業務に携わり、
責任を持つということです。
どれもこれも中途半端にならないように徹底的にやることが、 当時の私にはできていなかったように
思います。

3.社員が増えてきて  ~なんと言っても社内の賑やかさが~

レイアウトが大分変わり、最初は「広すぎる!」と不安になったくらいのオフィスも
今では「手狭」です(苦笑)
しかも以前は全員で営業に出ていたので、社内に1人しかいないなんて 状況はザラでしたが、
でも今は制作部門の人は常に社内にいるし、営業メンバーが帰ってくると・・
なんと言っても社内の賑やかさが違いますね。

そして、 イベント開催が大変に!
前は岩崎さんと3人で「今日、歓迎会やろうか」というノリでお店に入れたのですが、
もうそんなことはできない社員数になりました。幹事さんに感謝!

4.今後の展望 

「管理本部」という名刺にふさわしい仕事はこれからが本番です。
弊社は上場を目指しており、課題は山ほどあります。

ベンチャーでは、一人一人の力が本当に大きな割合を占めます。
それが大変な点でもあり、だからこそ面白くやりがいがあると思います。
自分のスキルが足りなければ、会社全体が力不足でトーンダウンしますし、
自分がスキルアップすれば、会社全体を盛り立てていくことができる。
これからはより深く経営に関わって、自分のスキルを磨いて いきたいと思っています。

また、これまでの業務で培ったノウハウなどをみんなに還元しながら、
サイト運営を陰ながら助けたいと思っています。

~手応えと喜び~

一番嬉しかったこと。
緊張しながらも営業活動を続けた末、加盟してくださった不動産会社様。
その担当の加盟店様が物件を成約された事です。
「お客様の役に立てた」という喜びは、本当に
何物にも代え難く 「やってて良かった!」と思えます。

お客様の喜びの声を真っ先に聞かせていただけるというのは営業の特権ですよね。


田中 幸亜にとってのプロフェッショナルとは?

徹底的にやりきること。
現状に満足せず、常にスキルアップを怠らないこと。